私が "distribute" を「頒布」と訳す理由

The japanese translation of "distribute" is HAMPUsuru.

1. はじめに

 「OSSライセンスは、(OSSの)頒布の際のライセンスです」と紹介することがあります。
 OSS (オープンソースソフトウェア)は、一般に著作物ですから、著作権行使となる「頒布」(distribute)は無断ではできませ ん。
でも、それをあらかじめ条件付きで頒布を許諾しているのがOSSライセンスです、という意味です。
 具体的には、Linuxなどで使われているGNU GPLv2 第3条は、八田真行氏により以下のように訳されています*1

原文3. You may copy and distribute the Program (or a work based on it, under Section 2) in object code or executable form under the terms of Sections 1 and 2 above provided that you also do one of the following:
和文3. あなたは上記第1節および2節の条件に従い、『プログラム』(あるいは第2節における派生物)をオブジェクトコードないし実行形式で複製または頒布することができる。ただし、その場合あなたは以下のうちどれか一つを実施しなければならない:
*1:https://licenses.opensource.jp/GPL-2.0/gpl/gpl.ja.html

 しかし、OSSライセンスによっては、「頒布」ではなく「配布」と和訳されています。
特に、BSDタイプのライセンスに多いようです。たとえば、FreeBSDプロジェクトのサイトでは、以下のように訳されています*2

原文Redistribution and use in source and binary forms, with or without modification, are permitted provided that the following conditions are met:
和訳ソースコード形式であれバイナリ形式であれ、変更の有無に関わらず、 以下の条件を満たす限りにおいて、再配布および使用を許可します:
*2:https://www.freebsd.org/ja/copyright/freebsd-license/

 「頒布」より「配布」の方が聞き慣れているためか、"distribute"を「配布(する)」と訳することを勧める方もいらっしゃいますが、私は、「頒布(する)」と訳した方が妥当ではないかと思い、こちらを主に用います。
 その理由を以下に説明したいと思います。

2. 「配布」と訳した場合の弊害

 私は、「配布」と「頒布」の違いをこんな言い回しで説明することがあります。

「会議で配布した資料をWebに公開して頒布する。」

定義のような確かなものではありませんが、私は、頒布に対して、配布は以下のイメージがあります。

  1. 配布先が特定/見えているイメージ
  2. 有料で与えるときには使わない。無料のイメージ。
    ※『頒布と販売の違いとは?配布の意味・使い方も解説』
     >「配布」は「無料で配る」ということが重要なポイント
     https://kokugoryokuup.com/hannpu-hannbai/

一つ目は特にその意味合いでは「配付」を使うようで理由として弱いですが、
二つ目は無料のOSSに合致しているのではないか、と言う人もいるかも知れません。
でも、OSIのオープンソースの定義(OSD)*3には以下のように書かれていまして、販売を禁止してはいけません。

1. 再頒布の自由
…ソフトウェアを販売あるいは無料で頒布することを制限してはなりません。…

*3:https://opensource.jp/osd/osd19/

つまり、「配布」という用語を積極的に使うと、
「OSSは無料でなければならない」という誤ったイメージを助長しかねないという弊害があります。

3. 「頒布」と訳した場合の懸念と思われている事について

 一方、"distribute"を「頒布」と訳さず、「配布」と訳すことを勧める人は、以下のような懸念を抱いているようです。

  1. 著作権に馴染みない人に「頒布」が伝わるか
  2. 頒布権と混同する
  3. 「頒布」というと「譲渡+貸与」の意味をもってしまう

これについて、考察してみましょう。

3-1. 著作権に馴染みない人に「頒布」が伝わるか

 確かに「頒布」は「配布」より聞き慣れないことばですが、「頒布」という言葉で敬遠されるなら、
敬遠されては困る商売で「頒布会」などと言わないでしょう。

阪急デパ地下 頒布会|フード|阪急百貨店公式通販 HANKYU FOOD
https://web.hh-online.jp/hankyu-food/special.html?fkey=fdhanpukai

産地直送 通販 お取り寄せ頒布会・定期購入|JAタウン
https://www.ja-town.com/shop/f/f10000119/

郵便局の12ヶ月頒布会で旬の味を毎月食卓に!
https://www.jp-ts.jp/furusatokai/

 OSSライセンスを理解しようとする方が、
上記通販の購買層より日本語が不得意という前提なら仕方が無いですが、
そんなこと無いかと思います。
「『頒布』は専門用語過ぎる」という印象で敬遠されるのでしたら、
それは思い過ごしではないでしょうか。

3-2. 頒布権と混同する

 日本の著作権法第二十六条*4に頒布権の規定があります。

(頒布権)
第二十六条 著作者は、その映画の著作物をその複製物により頒布する権利を専有する。
2 著作者は、映画の著作物において複製されているその著作物を当該映画の著作物の複製物により頒布する権利を専有する。

*4:https://www.cric.or.jp/db/domestic/a1_index.html#2_3c

これは、日本における「映画の著作物」に特化した権利です。
一方、「頒布」は第二条一項十九号*5で以下のように定義されています。

(定義)
第二条 …
十九 頒布  有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、映画の著作物又は映画の著作物において複製されている著作物にあつては、これらの著作物を公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することを含むものとする。

*5:https://www.cric.or.jp/db/domestic/a1_index.html#1_1

「映画の著作物」に特化した「頒布」については後半に記述されていますが、前半の「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与すること」は、映画の著作物以外の一般の著作物の頒布についての記述です。

 確かに、単純に、「頒布」の権利が「頒布権」というわけではないので、混同するリスクが無いことはないですが、このように明確に定義されているのですから、定義もされていない「配布」という言葉を使う方が妥当と思えるほどではないかと思います。
著作権には、「第五款 著作権の制限」*6がありますから、「複製」することが単純に「複製権」の行使に当たらないこともあり、そのような単純な連想では著作権法を正しく理解できないかと思います。
 *6:https://www.cric.or.jp/db/domestic/a1_index.html#2_3e

3-3.「頒布」というと「譲渡+貸与」の意味をもってしまう

 「日本の著作権法上では、頒布というと映画の著作物についての頒布(譲渡+貸与)の意味をもってしまうので、法律上つかわれていないニュートラルな語の方が良いと思う」という意見があります。

 まず、前述のように、「頒布」の定義には、「映画の著作物」以外の一般の著作物についての定義がまずあります。「複製物を公衆に譲渡し、又は貸与すること」とあるので、確かに「頒布」には「譲渡+貸与」の意味ありがあります。
そのため、「頒布」と訳して「"distribute"にあえて貸与を含ませる意義はないでしょう」というのは、たぶん、OSSライセンスの運用上、「貸与」が話題に挙がらないので、違和感があるのだと思います。

ですが、以下のように、アメリカ著作権法の"distribute"も「貸与」の意味を含みます。

106. Exclusive rights in copyrighted works
(3) to distribute copies or phonorecords of the copyrighted work to the public by sale or other transfer of ownership, or by rental, lease, or lending;

https://www.copyright.gov/title17/92chap1.html

第106条 著作権のある著作物に対する排他的権利
(3)著作権のある著作物のコピーまたはレコードを、販売その他の所有権の移転または貸与によって公衆に頒布すること。

https://www.cric.or.jp/db/world/america/america_c1a.html#106

各OSSライセンスの"distribute"に「貸与」の意味を含ませたくないと思ったとしても、各国の著作権法で「貸与」も著作権行使です。
「"distribute"にあえて貸与を含ませない意義はないでしょう」。
「OSSライセンスにおける"distribute"を『頒布』と言っても、ここでいう頒布は著作権法でいう頒布とは違うのだと頭の中で変換」する必要は無いのです。日本の「頒布」も、アメリカの"distribute"も「貸与」の意味を含みます。

なお、OSSライセンスにおいて、「貸与」の話が出ない理由は、私はこう解釈しています。

  1. OSSはソース公開して改変を繰り返して、より良いプログラムに改造されることを期待している
  2. 貸与された物(プログラム)は自分の所有物ではないので、勝手に改造できない
  3. 貸与されたものにOSSライセンスの条件を求めても権利はあっても意味は無い

「マイカーをチューニングする人はいても、レンタカーをチューニングしようと思う人はいないよね」ということで、
OSSライセンスの運用上、ほとんどの場合、「貸与」は眼中に無いにすぎなく、貸与権が無いわけではない、という認識でいるべきでしょう。
そのような運用上の現状を訳語に反映するために「頒布」を「配布」と言い替えるのは妥当とは思えません。

4. 終わりに

 「頒布」か「配布」かについては、日本語は所詮、参考訳に過ぎないので突き詰めても得るものは少ない気がしていました。
しかし、今回、「頒布」を敢えて「配布」に書き直す事例を目にしたため、そうすべき積極的な理由はないでしょうと思い、「私が"distribute"を『頒布』と訳す理由」を書いてみました。

2021.12.13 姉崎章博