ダウンロードは著作権法違反か?

Does a downloading violate Copyright Act?

1. はじめに

 「ダウンロードは著作権法違反である」という意見をいただい た。
例外的に、許諾を得ているか、適法な公開元かつ個人の私的利用であれば免除されるが、 企業の対応としては不可」と…。

 でもですね、OSSに関わる人はわかると思うのですが、ダウンロードしたOSSを使うことは、世界中の企業で常識的に行われています。

 この意識の違い、ギャップはどういうことなのかを本論では明らかにしたいと思います。

2.OSSのダウンロードが違法ではない理由

 企業がOSSをダウンロードすることが違法ではないとする理由には、以下の二つの解釈が可能です。

  1. 著作者である開発者がダウンロードによる複製権の行使を許諾している
  2. OSSのダウンロードは複製権の行使ではない

 どちらの解釈であろうと、OSSのダウンロードは違法とならないので、あまり気にされることが無いのが現状です。

 しかし、私は、前者の解釈では以下の二つの矛盾が生じるため、後者の解釈を取ります。

2-1. 矛盾1:許諾の旨が書かれていないOSSライセンスがある

 開発者がダウンロードによる複製権の行使を許諾しているならば、OSSライセンスにそう書かれているはずです。
OSSライセンスには、確かに複製(copy)が許諾(Permission/may)される旨が記述されているものがあります。

Permission to use, copy, modify, and distribute this software

PostgreSQL License

3. You may copy and distribute the Program

GNU GPLv2

 しかし、許諾行為に複製(copy)が含まれていないOSSライセンスがあります。

Redistribution and use in source and binary forms, with or without modification, are permitted provided that the following conditions are met: 1.Redistributions of source code must retain the above copyright notice, this list of conditions and the following disclaimer. 2.Redistributions in binary form must reproduce the above copyright notice, this list of conditions and the following disclaimer in the documentation and/or other materials provided with the distribution.

The FreeBSD Copyright

 FreeBSDの二条項BSDライセンスです。OSSライセンスでは著名なライセンスの一つです。
 マイナーなライセンスならば、考慮漏れということもあるかもしれませんが、そうは考えにくいです。

 そもそも、PostgreSQLやGPLv2のLinuxと違って、FreeBSDがダウンロード(複製)してはいけないなどという話は聞いたことがありません。

 以上のことから、「OSSライセンスでダウンロードの複製が許諾されている」と考えることは難しそうです。

2-2. 矛盾2 : GPLの条件を満たせない

 前出のGNU GPLv2の第3条は、「オブジェクトコードないし実行形式で複製」する際の許諾条件です。

その条件はa)「ソースコード」またはb)「申し出」ですが、どちらにしても「添付(Accompany)」することです。

3. You may copy and distribute the Program (or a work based on it, under Section 2) in object code or executable form under the terms of Sections 1 and 2 above provided that you also do one of the following:

a) Accompany it with the complete corresponding machine-readable source code, which must be distributed under the terms of Sections 1 and 2 above on a medium customarily used for software interchange; or,
b) Accompany it with a written offer, valid for at least three years, to give any third party, for a charge no more than your cost of physically performing source distribution, a complete machine-readable copy of the corresponding source code, to be distributed under the terms of Sections 1 and 2 above on a medium customarily used for software interchange; or,

GNU GPLv2

さて、Linuxカーネルの実行形式をダウンロードして複製することを許諾してもらうための条件が、そのソースコードを添付すること、と言われたらどうします?

できるわけないじゃないですか。
添付できるのはアップロードする人だけです。

以上のことから、GPLもその「ライセンス条件により、ダウンロードの複製が許諾されている」と考えることはあり得ません。

2-3. OSSのダウンロードは複製権の行使ではない

 以上の二つの矛盾より、「OSSのダウンロードは複製権の行使ではない」と考えるしかないと思います。

そもそも、開発者がダウンロードしてもらうつもりでアップロードしたOSSをダウンロードできないわけがありません。

それが「個人の私的利用」でのみ許されると言うなら、企業でWebページからの一切のダウンロードが違法になってしまいます。

それは、HTMLファイル以外にもPDFや実行ファイルまでダウンロードしている現実とあまりにもかけ離れた解釈です。

 では、なぜ、ダウンロードが違法という認識の人がいるのかというと、想定している著作物の状態が違うことを認識できていないのではないでしょうか。

3. ダウンロードが違法と言う人の著作物

 平成21年の著作権法改正で、
『インターネット上で著作権を侵害してアップロード又は送信が行われる音楽・映像等について、その事実 を知りながら、
当該送信を受信して録音・録画を行う場合」を第30条 私的使用のための複製 で許容される複製から除外される、
いわゆる「違法ダウンロード」が定められました』*<第1項第3号>。
*:加戸守行著『著作権法逐条講義 六訂新版』CRIC 著作権情報センター発行、P127より

それが、令和2年の改正 で、音楽・映像等以外の著作物も対象に拡大されました<第1項第4号>。
 これは、
    『令和3年1月1日施行 侵害コンテンツのダウンロード違法化について
という表現がされます。

このため、「ダウンロード違法化」の文言だけが世間に先走って一人歩きしているのかもしれません。

3-1. 企業のダウンロードはもともと違法!?

 文化庁著作権課が発行した『侵害コンテンツのダウンロード違法化に関する Q&A』5ページ目の
「問8 漫画家・研究者等が行う創作・研究活動や、企業が行うビジネスにも悪影響が及ぶのでは ないか。」
の答えに以下のような記述があります(蛍光マーカーは筆者)。

  1. 漫画家・研究者等が業務として行うダウンロードや企業においてビジネスの一環として行われるダウンロードは、
    私的使用目的 の複製(著作権法第30条)とは言いづらいものであり、もともと違法
    であって、
    今回の改正とは直接関係しません(改正前 と取扱いは変わりません)。
  2. なお、文化庁では、今回の改正とは別途、研究目的での自由利用を認める規定(権利制限規定)の創設など、
    著作物の公正な利用を促 進するための措置についても、並行して検討を進めているところです。

 下線の文章だけを読むと、
「企業でのOSSのダウンロードも私的使用目的の複製といえず、もともと違法」と読めます。

文書のタイトル の「侵害コンテンツ」限定の話ならば、答えの2.は、侵害コンテンツに関して「研究目的での自由利用を認める規定(権利制限規定)の創設」を検討していることになります。
それもおかしな話です。

 念のため、文化庁の「御意見・お問合せ」で問い合わせてみまし た。
「例えば、文化庁殿でも業務の ためAdobe社の著作物であるAcrobat Readerをダウンロードして使っていると思います。このようなダウンロードも違法と読めるのですが、そういう意味でしょうか?」と。

「お電話にて御説明差し上げたく存じます」と返信が来たので、著作権課法規係あてに電話してみました。結果は…
「ご質問のAcrobat Readerの件は、違法でも何でもない」との答えでした。そして、上記二点に関しては、以下のようなことでした。

  1. の答えは、侵害コンテンツ限定の話
  2. の答えは、侵害コンテンツではない著作物の話

結局、Q&Aの答えは、対象が何の話をしているのか不明瞭な日本語でしかなかったわけです。

冒頭での意見をいただいた方がこの文書を見たかどうかはわかりませんが、官庁がこのような不明瞭な文章を公開して、「企業のダウンロードはもともと違法」と述べる人間を生み出してしまっているのかもしれません。
迷惑な話です。

3-2. 私的使用目的の複製(著作権法第30条)が絡む理由の考察

 「侵害コンテンツのダウンロード違法化」は、ダウンロードするコンテンツが著作権侵害している物の場合、「私的使用目的 の複製(著作権法第30条)」による著作権の制限を受けないこととして違法化されました。

 では、そもそも、違法ではないコンテンツのダウンロードに「私的使用目的 の複製(著作権法第30条)」による著作権の制限を受けないと、複製権の行使、つまり、著作権の侵害なのでしょうか。

 それは、もともと音楽・映像等を対象にラジオ放送やテレビ放送をエアチェックして録音・録画する場合を想定して考えた場合の話のようです。

順に説明していきます。

 まず、著作権の支分権の財産権を大きく分けると、以下のように「複製」「提示」「提供」「二次的著作物の」と分けることができます。

支分権

 島並良・上野達弘・横山久芳著『著作権法入門』有斐閣、P129によると、複製は『有形的再製』と言い、

    ①著作物の有形的再製とは著作物を新に有体物に化体させる行為

    ②著作物の提示とは有体物(原作品・複製物)の存在を前提としないか、あるいは 有体物の占有を移転せずに、
   著作物へのアクセスを直接的に可能にする行為

とのことです。

 ラジオ/テレビ放送での音楽・映像等は、著作権者が『公衆送信権』を行使した『著作物の提示』になります。

テレビ放送は『著作物の提示』

つまり、著作権者は音楽・映像等の著作物の占有を移転していません
にも関わらず、それを録音・録画する行為は、視聴者による『複製権』の行使にあたり、著作権法第30条『私的使用目的の複製』で『著作権の制限』されていなければ、著作権者の権利を侵害していることになるわけです。

 オンデマンドで音楽・映像等を視聴する場合は、著作権者が『公衆送信権(送信可能化権)』を行使した『著作物の提示』になります。

オンデマンド映像も『著作物の提示』

この場合も、著作権者は音楽・映像等の著作物の占有を移転していません
にも関わらず、それを録音・録画する行為は、視聴者による『複製権』の行使にあたり、著作権法第30条『私的使用目的の複製』で『著作権の制限』されていなければ、著作権者の権利を侵害していることになるわけです。
この場合、ラジオ/テレビサイトから音楽・映像ファイルをダウンロードするイメージですから、音楽・映像関係者にとっては、 「ダウンロードは著作権法違反である」「例外的に、許諾を得ているか、適法な公開元かつ個人の私的利用であれば免除されるが、企業の対応としては不可」というステレオタイプな認識が生まれたのかもしれない。

 一方、PC/スマホなどからWebサイトにアクセスし、公開されているファイルをダウンロードする行為は、著作権者が『複製権』を行使した『有形的再製』可能にした結果です。

公開ファイルのダウンロードは『有形的再製』


故に、ダウンロードした人は複製権行使の主体ではなく、著作権者が複製権行使の主体であり、「Webアクセス者によるOSSのダウンロードは、複製権の行使ではない」と言えるのです。

そのため、著作権法第30条『私的使用目的の複製』で『著作権の制限』されていなくても、著作権侵害とならないのです。
結果、第30条に関係なく、企業でもダウンロードは著作権侵害とならないわけです。

この必ずしも「ダウンロードした人が複製権を行使したのではない」という話を納得できない人のために、司法の世界でも最高裁(最高裁判所)まで揉めたある事件を紹介しましょう。

4. ロクラクII事件

 知財高裁(知的財産高等裁判所)の判決を最高裁が差し戻した判決文によれば、
ロクラクⅡの概要は以下 の通りです。

ロクラクⅡは,2台の機器の一方を親機とし,他方を子機として用いることがで
きる(以下,親機として用いられるロクラクⅡを「親機ロクラク」といい,子機と
して用いられるロクラクⅡを「子機ロクラク」という。)。親機ロクラクは,地上
波アナログ放送のテレビチューナーを内蔵し,受信した放送番組等をデジタルデー
タ化して録画する機能や録画に係るデータをインターネットを介して送信する機能
を有し,子機ロクラクは,インターネットを介して,親機ロクラクにおける録画を
指示し,その後親機ロクラクから録画に係るデータの送信を受け,これを再生する
機能を有する。
ロクラクⅡの利用者は,親機ロクラクと子機ロクラクをインターネットを介して
1対1で対応させることにより,親機ロクラクにおいて録画された放送番組等を親
機ロクラクとは別の場所に設置した子機ロクラクにおいて視聴することができる。
その具体的な手順は,① 利用者が,手元の子機ロクラクを操作して特定の放送番
組等について録画の指示をする,② その指示がインターネットを介して対応関係
を有する親機ロクラクに伝えられる,③ 親機ロクラクには,テレビアンテナで受
信された地上波アナログ放送が入力されており,上記録画の指示があると,指示に
係る上記放送番組等が,親機ロクラクにより自動的にデジタルデータ化されて録画
され,このデータがインターネットを介して子機ロクラクに送信される,④ 利用
者が,子機ロクラクを操作して上記データを再生し,当該放送番組等を視聴すると
いうものである。

最高裁判所判例集 事件番号:平成21(受)788

 必ず「ダウンロードした人が複製権の行使である」と紋切型の解釈を信じれば、「視聴者に行使させれば、私的使用目的の複製で著作権が制限される」適法なサービスを提供できる、と商品化する者が現れても不思議ではありません。
 しかし、裁判になりました。
 その争点は、複製しているのはサービス提供者(ロクラクⅡ)なのか、利用者(視聴者)が私的使用を目的とする適法な複製なのか、という点で地裁(地方裁判所)、知財高裁で逆の判決が出たのです。

ロクラクⅡ事件

最高裁としては、

当該複製機器に録画の指示がされると放送番組等の複製が自動的に行われる場合には,その録画の指示を当該サービスの利用者がするものであっても,サービス提供者はその複製の主体であると解するのが相当である。

同上

として、知財高裁の原判決を、

本件録画の過程を物理的,自然的に観察する限りでも,原判決のように,録画の指示が利用者によってなされるという点にのみに重点を置くことは,相当ではないと思われる。

同上

として、差し戻しました。
つまり、録画はサービス提供者による『複製権』の行使とみなされたのです。

この判例から、私なりには、現在、以下のような理解をしています。

通常、複製できない(公衆送信権しか行使されていない)ものを複製した者が複製権の行使だが、それ以前に、複製できないものを複製可能にした者がいれば、その者が複製権の行使

だから、複製可能なようにOSSをWebに公開した著作者が複製権の行使をしており、そのOSSを企業だろうがダウンロードしても複製権の行使にならない、私的使用目的である必要はない、という上記の話を補足する根拠が得られるわけです。

5.むすびに

 OSSを日常的にダウンロードしている人には問題無いことで当たり前のことですが、意外に「著作者である開発者が許しているからだ」で済ましてしまっている人が多いと思います。

そうすると、GPLの矛盾(上記2-2.)が発生して、権利行使の条件と解することを諦め、短絡的に「義務だから」といった、いい加減な説明をする人が出てくるのではないかと思います。

新商品を検討するにあたっては、ライセンスを正しく理解するためには、こんな考察も必要なのではないでしょうか。

2021.8.8 姉崎章博