「契約」について

 拙著『OSSライセンスを正しく理解するための本』では「GPLは、契約ではなく、著作権法に基づいている」という話を述べているのですが、「契約」の定義とかには触れていませんでした。「OSSライセンス」に比べ、「契約」はより一般的であり、ちょっと検索すれば定義を確認できるかと思っていたのでした。

しかし、「契約」について説明が無いことに不満があるような感想をいただきました。そこで、法律の素人がお話するのは全く心苦しくは思うのですが、改めて、お話させていただこうかと思います。なお、1.の出典情報は、書籍の訂正情報の【その10】に追記しました。
※詳しい方には、お目こぼしいただけると幸いです。

1.「契約」とは何か

 ネット上で検索しても大きな違いは無いと思いますが、書籍からいくつか紹介します。
契約法は、民法の中に記載されています。

まずは、戦後民法の起草者のお一人である我妻榮先生らの共著の一つから。

契約は関係者双方の意思の合致であるから各人の意思の自由の調和である

我妻榮、有泉亨、川井健 著『民法1 総則・物権法 第三版』勁草書房、2012、P127

また、民法は私法の一般法の位置づけにあり、私法の入門書には以下のように記載されています。

※なお、民法を始め、商法、著作権法などを「私法」と呼ぶのに対し、憲法、行政法、刑法などを「公法」と呼ぶそうです。
 また、民法を私法の「一般法」と呼ぶのに対し、特定分野に特化して規定を上書きする著作権法などの法律を「特別法」と呼ぶそうです。

契約は、申込みと承諾という相反する方向に向けられた意思表示の合致により成立する法律行為である

五十嵐清 著『私法入門[改訂3版]』有斐閣、2010、P123

では、「法律行為」とは何か。通常それは、一定の法律効果の発生を目的とする行為である、と定義されている。法律効果というのは、権利や義務の発生や、その内容の変更や、消滅をいう。

同上、P121

わが民法では、ドイツ民法にならい、契約のかわりに、その上位概念である「法律行為」ということばを使っている

同上、P119

多くのOSSおよびOSSライセンスが書かれたのはアメリカですので、アメリカ法の入門書には以下のように書かれています。

契約は当事者の合意を確認するだけの確認書ではありません。それ以上に、当事者が今は考えていないような点まで弁護士の助言を得て考え、将来のリスクを、当事者同士で予め明確かつフェアに配分する道具です

樋口範雄 著『はじめてのアメリカ法(補訂版)』有斐閣、2013、P15-16

日米であまり差があるようには見えないので、同じように考えて良いものと解釈しました。

2. 「GPLは契約である」?

 Linuxがはやり始めた当初、Linuxを利用した製品を出荷している企業に、一部のOSS関係者、自由ソフトウェア関係者が、「GPLは契約なのだから、ソース開示しなければならない」「ソース開示の契約を履行しろ」と主張し、もめたことがありました。

 「契約」と言われると、申込を承諾した覚えが無い者には奇異に思えるかと思います。中には、「履行させたければ訴えればいい」と開き直る場合もあったようです。そうして、裁判でGPL違反と認められると、「GPLが法的に認められた」と報道されることも多々ありました。

 ただ、いくつかの判決文を見てみると、GPLが契約と認められ契約違反であるとの判決が出たものは、私が見た範囲ではありませんでした。GPLのOSSを頒布(複製権を行使して譲渡)する権利は、著作者である開発者にあり、ほぼ世界中で各国の著作権法で保護されていますから、著作者が指定した条件であるGPLの条件を満たさなければ、著作権侵害になります。開発者側が勝訴するのは、その権利が侵害されたからです。別にGPLが契約で契約違反と認められたという話ではありません。著作権法がまともに機能している国では勝訴して当たり前のことです。

 そもそも、GPLを作成したRichard Stallman氏は、GPLを契約法に基づかせることに反対しています。Heather Meeker弁護士が、著作権法を遵守するのはアメリカだけだから、GPLを契約法に基づかせた方が良いと提案すると、Richard Stallman氏は以下のように反論しています。

ほとんどの自由ソフトウェアのライセンスは、著作権法と、正当な理由によりに基づいている:つまり、
著作権法は、国家間で、契約法や他のありうる選択より、非常に均質である。
契約法を使わないもう一つの理由は、コピー提供前に契約へのユーザーの正式な同意を得ることをあらゆる頒布者に要求すること。
彼のサインを最初にすることなく誰かにCDを手渡すことは、禁じられている。うんざりする!

原文は次を参照:Don't Let “Intellectual Property” Twist Your Ethos - GNU Project - Free Software Foundation

 GPLを契約法に基づかせたくないRichard Stallman氏が作成したGPLを、契約として扱って妥当な扱いができるはずがありません。

2025.08.23 姉崎章博